高田みづえの旦那は元大関若嶋津!生死の危機と現在や子供の真相
1970年代後半から80年代にかけて「硝子坂」や「そんなヒロシに騙されて」などの大ヒットを連発し、トップアイドルとして昭和の歌謡界を席巻した高田みづえ。25歳という人気絶頂のさなかに電撃引退を発表し、角界のスーパースターと結ばれたニュースは当時の日本中に鮮烈な衝撃を与えました。
そのお相手こそ、大相撲で「南海の黒豹」と称された元大関・若嶋津(日高六男氏)です。昭和の歌姫から相撲部屋の女将さんへと華麗なる転身を遂げた後も、部屋の切り盛りや夫を突如襲った重篤な事故など、二人の前には数々の試練が立ちはだかりました。2026年現在、日本相撲協会を勇退した夫と共にどのような日々を過ごしているのか。波乱万丈を乗り越えた夫妻の歩みと最新の状況を追いました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:高田みづえの旦那は元大関・若嶋津(若嶋津六夫)。2022年に相撲協会を定年退職し、2026年現在は穏やかな隠居生活を送る
- 要点2:2017年に路上で倒れ開頭手術を受ける大事故に見舞われるも、高田みづえの献身的な看護とリハビリで奇跡的な回復を果たす
- 要点3:長男の勝信は元俳優を経て実業の世界へ、長女のアイリはタレント・モデルとして多方面で精力的に活躍中
【経歴とプロフィール】高田みづえの旦那・若嶋津六夫の華麗なる足跡
元人気歌手の伴侶として知られる元大関・若嶋津の本名は日高六男(ひだか・むつお)。1957年1月12日生まれで鹿児島県種子島(中種子町)出身です。2026年の誕生日で69歳を迎えました。妻である高田みづえ(1960年6月23日生まれ)より3歳年上となります。
現役時代の若嶋津は、浅黒い精悍なマスクと引き締まった筋肉質の体躯から「南海の黒豹」の異名で呼ばれ、圧倒的な女性人気を獲得していました。鋭い立ち合いと下手投げを武器に幕内最高優勝を2回達成。大関の地位を長年守り抜き、昭和後期の相撲ブームを牽引した名力士のひとりです。
1987年7月の現役引退後は年寄「松ヶ根」を襲名し、松ヶ根部屋を創設して師匠として後進の指導に情熱を注ぎました。その後、2014年には名門である二所ノ関の看板を受け継ぎ二所ノ関親方に就任。長年にわたり角界の屋台骨を支え続けました。日本相撲協会の定年(65歳)を間近に控えた2021年12月には名跡を元横綱・稀勢の里へ譲渡。自身は荒磯親方へ名跡変更して参与を務めた後、2022年1月に惜しまれつつ相撲協会を完全退職しました。
【電撃婚の馴れ初め】トップアイドルと大関を結んだ同郷の縁
二人の出会いは1980年代前半、知人を介した食事の席がきっかけでした。大きな接点となったのが、互いに鹿児島県出身という同郷のルーツです。厳しい芸能界と土俵の世界という過酷な環境に身を置いていた二人は、故郷の話題などを通じて急速に心を通わせていきました。
当時、高田みづえはNHK紅白歌合戦の常連であり、若嶋津も大関昇進を果たして角界の中心に君臨していたスター同士。パパラッチの追跡を避けるため、交際は極秘裏に進められました。電話で励まし合い、たまのオフに人目を忍んで会う日々が数年間続いたといいます。
そして1985年2月、二人は突如として婚約を発表。記者会見で高田みづえは「彼を支えるために歌を辞めます」と引退を明言し、世間を驚かせました。同年6月に行われたファイナルコンサートをもって芸能界を退き、9月に盛大な結婚式を挙行。大人気女性歌手がキャリアの頂点で相撲部屋の妻になる決断は、昭和の芸能史に刻まれる一大ニュースとなりました。
【女将さんへの転身】華やかなステージから相撲部屋の「肝っ玉母さん」へ
芸能界から完全に身を引き、松ヶ根部屋の女将さんとなった高田みづえを待っていたのは、想像を絶する多忙な日常でした。弟子たちの食事の手配や体調管理、後援会関係者への細やかな挨拶回り、冠婚葬祭の仕切りなど、伝統としきたりが重んじられる相撲界の裏方業務は多岐にわたります。
最初は相撲界独特の慣習に戸惑いながらも、持ち前の明るさと実直さで弟子たちから「お母さん」と慕われる存在になっていきました。十代で親元を離れて入門してきた若い力士たちの悩み相談に乗り、時には厳しく、時には温かく励ます姿は相撲関係者の間でも高く評価されていました。
その後、部屋名が二所ノ関部屋に変わっても女将さんとしての責務を全うし、約30年間にわたり部屋を支え続けた功績は極めて大きなものでした。
【2017年の転落事故】生死をさまよった病状と夫婦で掴んだ奇跡
二人の平穏な生活を一変させる大事件が起きたのは2017年10月19日のことでした。千葉県船橋市の路上で、自転車に乗っていた当時60歳の若嶋津(二所ノ関親方)が突如として倒れ、意識不明の状態で発見されたのです。
一時は心肺停止に近い重篤な状態で救急搬送され、病院で緊急の開頭手術が行われました。病状は頭部打撲に伴う急性硬膜下血腫と診断され、集中治療室(ICU)での極めて緊迫した治療が続きました。一時は生命も危ぶまれる危険な局面でしたが、手術は無事に成功します。
意識を取り戻した後に待ち受けていたのは、過酷なリハビリでした。高田みづえは連日病院に通い詰め、懸命に声をかけながら夫の手足をさすり続けました。その甲斐あって奇跡的な回復を見せ、翌年春には公の場へ姿を現せるまでに復調。2019年初場所の初日には国技館での職務に復帰し、相撲ファンから温かい拍手で迎えられました。この生還劇の裏には、妻の献身的な看護があったことは疑いようもありません。
【子供たちの現在】元俳優の長男・勝信とタレントとして輝く長女・アイリ
二人の間には、1男1女の子供が誕生しています。子どもたちもまた、恵まれた容姿と才能を受け継ぎ世間の注目を集めてきました。
長男は日高勝信(ひだか・かつのぶ)。父譲りの高身長と端正な顔立ちを活かし、かつては大手芸能事務所に所属して俳優「勝信」として活動していました。2011年の連続ドラマでデビューを果たし、将来を嘱望されていましたが、2014年に芸能界をスパッと引退。現在は一般企業に就職し、ビジネスパーソンとして堅実な人生を歩んでいます。
長女はタレント・女優・モデルとして活躍するアイリ(日高愛莉)です。母・高田みづえに似た目元と抜群のプロポーションを武器に、テレビの情報番組やバラエティ番組、舞台などでマルチに活動を展開しています。テレビ番組に出演した際には、両親の仲睦まじいエピソードや、母の料理の腕前、父の回復ぶりを笑顔で語るなど、家族の絆の深さを伝えています。
【2026年現在の夫婦仲】角界を勇退し穏やかな余生を過ごす二人の絆
2022年に相撲協会の参与を退いて以降、若嶋津は一切の肩書きから離れ、完全な自由の身となりました。2026年現在、夫妻は千葉県内の自宅で穏やかなシニアライフを満喫しています。
かつての大事故による後遺症を心配する声もありますが、日常生活を支障なく送れる水準を維持しており、夫婦で散歩に出かけたり、近隣で買い物を楽しんだりする姿が目撃されています。激動の現役時代とプレッシャーにさらされた親方時代、そして女将さんとしての激務を終え、ようやく手に入れた二人だけの静かな時間です。
長年連れ添った夫婦仲の真相について、周囲の関係者は口を揃えて「芸能界・角界を通じても屈指のオシドリ夫婦」と評します。電撃結婚から40年以上の歳月が経過した現在も、夫は妻への感謝を忘れず、高田みづえもまた夫の健康管理に細心の注意を払い続けています。困難を乗り越えるたびに二人の結びつきはより強固なものとなっています。
【高田みづえの旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:高田みづえの旦那の名前と、相撲界での最高位は何ですか?
A1:元大関の若嶋津六夫(本名:日高六男)です。現役時代は「南海の黒豹」として親しまれ、幕内最高優勝を2回達成した昭和を代表する名大関でした。
Q2:若嶋津が倒れた事故の原因と現在の病状はどうなっていますか?
A2:2017年10月、自転車走行中に倒れて頭部を強打し、急性硬膜下血腫により緊急開頭手術を受けました。一時は生命の危機に瀕しましたが、高田みづえの献身的な看護と本人の懸命なリハビリにより奇跡的に回復。現在は角界を完全定年退職し、健康に留意しながら穏やかな日常生活を送っています。
Q3:高田みづえの子供は何人で、現在何をしていますか?
A3:長男と長女の2人の子供がいます。長男の勝信(元俳優)は芸能界を引退して一般社会で活躍しており、長女のアイリはモデルやタレントとして芸能活動を継続しています。
まとめ:幾多の荒波を乗り越えて輝き続ける理想の夫婦像
昭和のトップアイドルと角界の看板大関による電撃結婚から始まり、相撲部屋の創設、伝統の世界での苦闘、そして生死の境をさまよった大事故。高田みづえと夫・若嶋津が歩んできた道のりは、平坦なものではありませんでした。
しかし、いかなる困難に直面しても手を取り合い、互いを信じ抜いた二人の絆は揺らぐことがありませんでした。すべての重責を果たし、2026年の今、穏やかな笑顔で寄り添い合う夫妻の姿は、多くの人々にとって色褪せない理想の夫婦像として温かな共感を呼び続けています。 (出典: 高田 み づえ の 旦那(Yahoo!ニュース))